平成の終わりに考えたこと その2
【一つ前の記事からの続き】
平成にわたしが得たものは、あらゆる物事に対する独自の見方、考え方。
人生がつらすぎて、「なぜ私はこんなにも生きづらいの?」と嘆いていたけれど、それでも「しあわせになりたい!どうしたらなれるの?」「そもそもしあわせって何なの!」と、考え続けた。
なぜ自分の人生がこうなのか、分析した。
そしてとことん自分と向き合い、過去と向き合い、過去や大人を許した。過去を解放した。
そしてどんな自分になりたいか、カルマ、業、縁、連鎖…考え続け、祈り、思考をつきつめた。
そしたら、わたしの中でのしあわせの法則が生まれた。人生が変わった。
そしてもう一つ、わたしが平成に得たもの。
私の宝物、娘。
わたしを強くしてくれたのは娘。
早くに出産をしてシングルママになって大変だったけれど、娘がいたから、わたしは死なずに済んだ。娘がいたから、わたしは自分の殻を脱ぎ捨て自由になれた。娘を産んでから、わたしの人生は強く美しく完璧なものになった。
そして夫。
恋も何度かしたけれど、「これは運命だわ!」という勘違いも何度かあったけど(笑、でもやっぱり、今の夫の存在は特別なものだ(と思いたい)。
いろいろなことがあるけれど、彼に対する感謝の気持ちは強く持っている。本当にありがたい存在。彼がいてくれて、わたしは初めて弱くなれた気もする(それまでは強くないと生きられなかったのだ)。
ああ、そうだ。
親はわたしに命を与えてくれて、
環境はわたしに試練を与えてくれて、
娘は強さを与えてくれて、
彼は弱さを与えてくれたんだな。
そして弱さと強さを知ったから、優しさも知ることもできた。それら全てが重なると、美しさ、豊かさ、彩り、つまりは感謝や仲間になるんだな。
そして全てに気づけたから、自由になれた。
ああ、なるほど、合点がいった。
平成の最後の最後に、気づけた。
平成が終わることを何となくなんとなく寂しく感じていたけれど。
でも、人生はいつだって素晴らしいし、美しい。
人生をどう輝かせるかは自分次第だ。
令和を歩むわたしの人生も、日々も、その響きのように美しく豊かでしあわせなのだと思う。自分の為にも生きるし、同時に誰かのためにも生き、世のため人のために行動できる、優しさと感謝を還元できる人になりたい。
みんなみんなみんなが幸せを感じ、
生きづらい人が笑顔になり、
争いや天災はなく、
思いやりや優しさや親切が当然のこととなり、
命がすこやかに育まれ、
愛と豊かさが溢れる時代になりますように!
(大好きなピンクガネーシャが願いを叶えてくれる!)